クウネル創刊2号特集「コーヒーはいかが?」より転載

【関基尋】
自家焙煎珈琲『機屋』店主

「機屋」の名前は隣の母親の古布店に由来。

 東京で過ごした大学時代、22歳の時に飲んだ1杯がきっかけだった。コーヒーの香りは、喫茶店を出て公園を散歩し、下宿に帰るまでの道すがら、ずっと関さんを包み込んでいた。コーヒーの豊かさに初めて触れた瞬間。そして、コーヒーとともに生涯を歩む決意をした瞬間だった。

「それからは寝食を忘れて、コーヒーに没頭しました」
  まずはざるを二枚貝のように合わせた銀杏煎り器を使い、下宿先のコンロで豆を焼き続けた。1回およそ30分かかる焙煎を、1日20回繰り返す日もあった。その結果は、コーヒー日記なるものに克明に記され、ひとり研鑽を積む毎日が続いた。
  全国の名店を行脚する旅にも出た。中でも影響を受けたのが、東京・銀座にある老舗、『カフェ・ド・ランブル』だ。

手縫いで作ったネルフィルター。

  店の人は、利き手に持ったポットを動かさず、あたかも点滴のようにポタポタとお湯を垂らしながら、コーヒーを抽出していた。動かしていたのは、ネルフィルターを持つ手のほう。粉が理想的にふくらむよう計算し尽くされた技だと、関さんは感じた。以来、この店は唯一無二のお手本となる。頻繁に通い、自分で焙煎した豆を持ち込み、評価を仰ぐこともあった。

  6畳一間の部屋は、次第にコーヒーにまつわる物で埋め尽くされていった。『機屋』で現在使われている道具は、その東京時代に揃えた物ばかり。そして、部屋で始めたオールドコーヒーのための生豆の熱成が2トンもの量になった時、店を開く意志を固めた。

  開店の準備を始めた頃、既製品ではしっくりこない道具があった。そのひとつがフィルターだ。関さんはこれを、ネルで手縫いすることにした。
「余韻を残す、きめ細かな風味を出すのは、やっぱりネル。でも、ミシンだと縫い目が細かすぎて、お湯が滞ってしまうんです」

注ぎ口はヤスリで角を取り、バーナーの熱で柔らかくしてから、ペンチで成型。

  ステンレスポットの注ぎ口にも繊細な改良をほどこした。その自作の「鶴口ポット」を使い、30年もののオールドブラジルを、じっくり3分ほどかけていれてくれた。一瞬にして広がるふくよかな香り。熱成の歳月の厚み。そして、ほんのりと柔らかい酸味が、尾を引いた。

「東北の人は、酸味のあるコーヒーが好きみたいです」
  各地のコーヒーを飲み歩いて、自覚したそうだ。
「麹を多用した雪国ならではの保存食、漬物やハタハタ寿司。秋田出身の母が作るそういう料理に、私も子供時代から馴染んでましたからねえ」

  コーヒーが好き、という気持ちを軸に毎日を送り、自らの世界を深めてきた関さん。コーヒーヘの愛が結晶した1杯には、静かな情熱が感じられる。
  「人生で必要なことは、すベてコーヒーから教わったように思います」

(岩手・盛岡発)